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名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)55号 判決 1967年8月04日

原告 都築雅師

被告 愛知用水土地改良区

主文

被告が原告に対して昭和四一年八月一五日付賦課金納付通知書によりなした常滑第一四号賦課金六、一九〇円のうち別紙目録記載の田に対する賦課金二、三四五円の賦課はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方が求めた裁判

(原告)

主文同旨の判決。

(被告)

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者双方の主張

(原告)

(請求原因)

一、原告は常滑市に別紙目録記載の田(以下本件土地という)その他の田畑を所有し農業に従事している者である。

二、被告は本件土地を含むその他の田畑を愛知用水の受益地であると認定し、原告に対し昭和四一年八月一五日附の賦課金納付通知書をもつて、昭和四一年度経常賦課金として六、一九〇円を課した。

三、原告は右賦課処分に不服であつたので、昭和四一年九月六日被告に対し右賦課金のうち、本件土地に対する賦課金二、三四五円について取消を求める異議の申立をなしたところ被告は同月一六日附でこれを却下した。

四、しかしながら被告の賦課処分は本件土地が愛知用水の受益地に該当しないにもかかわらず該当するとしてされたもので、違法である。

即ち、本件土地四反九畝六歩は、もともと久米区共有の南沢池の灌漑区域内にあつて南沢池から西北方約四百米のところに位置し、専ら水稲の育成をしている。そして、本件土地の中央部には南沢池からの用水路があり、水稲育成の灌漑用水は同池の貯水と雨水および本件土地の一部にある湧出水で十分であつて、愛知用水から給水を受ける必要はなく、現に南沢池および本件土地には愛知用水を導入する何等の施設もない。

よつて本訴で本件土地に対する賦課処分の取消を求める。

(被告)

(請求原因事実に対する認否)

一、第一項ないし三項の事実は認める。

二、第四項の事実中、

本件土地がその灌漑用水を南沢池からも供給せられうること、

本件土地に愛知用水導入の施設がないこと、

本件土地に湧水があること、

は認めるがその余の事実は争う。

(主張)

一、本件土地は次の点から愛知用水の受益地といえるのである。

1、愛知用水から末端五町歩以下の地域への導入設備は地元の負担において自主的に行うことになつている。

従つて、その導入設備が未だ施設されていないからといつて受益地たることを否定できない。

2、従来、南沢池の水は字南沢、本件土地のある字池田、字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田までの二六ヘクタールの土地の灌漑の用に供せられていたものである。

一方、附近にある小倉池の水も小倉池の下流にあたる字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田の土地で利用されていた。

このうち、南沢池および小倉池の下流にあたる字東前田および字西前田の土地八ヘクタールは例年かんばつの被害を受けていた。

しかるに、愛知用水の完成により小倉池に愛知用水を導入し、同池から小倉支線により同池下流の字池田(西部)、字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田の土地二三ヘクタールを直接灌漑しうることになり、右字東前田および字西前田のかんぱつも解消した。

ところで、南沢池の水利権は上流部の字南沢、字池田等と下流部の字東前田、字西前田等と同等である。

従つて南沢池から用水を供給されている土地を全体としてみるとき、本件土地のある上流部をも含めてすべて愛知用水からの利益を受けているということができる。

3、南沢池そのものにも現に愛知用水の水が流れ込む状態である。

従つて、南沢池の水を利用する本件土地が愛知用水の利益を受けていないわけではない。

4、南沢池の水源流域の山林は愛知用水事業により大部分が開墾され、同池に対する山林からの水源補給能力は減少しているものと思われる。

反面、本件土地周辺高台にあるこれら開墾地は大部分が開田され、その灌漑用水はすべて愛知用水に求めており、それらの用水は南沢池あるいは字南沢、字池田等の既設水田に反覆利用されている実情である。従つて、本件土地は、この点からいつても、愛知用水の利益を受けている。

5、南沢池に愛知用水からの水を直接多量に導入することも容易であり、さらに愛知用水幹線の下位にある本件土地を含む字池田には幹線から直接取水することも可能なのであるから、それによつてさらに多くの利益を受けるよう土地改良を工夫することも考えられる。

6、本件土地に湧水があると原告は主張するが冷い湧水が農作に害があることは常識であるから、これを防ぐため湧水の部分に畦を設けてせくことも一つの方法であろうし、或いは南沢池から温められた水を引くことによつて冷水を緩和し、増産に役立てることも可能である。

より多く愛知用水事業の利益を受けうべくして徒に手をこまねき、湧水に託して全農地の連帯性を免れることは不当である。

二、愛知用水土地改良区は土地改良法第五条の規定により事業施行区域として一定地域を定め、地域内の有資格者の三分の二以上の同意を得、同法第七条ないし第一〇条の定める手続を経て設立されたものである。

本件土地はこの地域内にあり、原告は本件土地を耕作し業務の目的に供している所有者であるから、同法第三条に規定する有資格者であることは明白である。有資格者はすべて承諾ないし申込みがなくても当然に土地改良区の組合員となり、任意に脱退し、もしくは受益を拒みうるものではない。愛知用水事業の経費の賦課は愛知用水公団法第二四条、第二六条、土地改良法第三六条により、土地改良区の組合員に対し、地区内の全農地につき各地積割をもつてその土地、その者の受ける利益を勘案し、受ける利益を限度として賦課されるものであり、本件土地は右の如く愛知用水の受益地であるから、原告は同組合員として本件土地にかかる経費の賦課を免れることはできない。

被告土地改良区は受益地に対する経常費の賦課を三等級に分け九九一平方メートル(一反)当り一、一一〇円、八六〇円、五〇〇円とし、本件土地については諸般の事情を勘案して最下級の五〇〇円の割合により賦課したものであるから不当ではない。

ここで利益というのは単に単年度のみでなく、長期間の観測にもよるべきものである。即ち、将来末端工事の施行等によりあげうべき利益をも考えるべきであり、本件土地については将来温水施設事業あるいは区画整理事業を施行することにより今後さらに利益の増大が期待されているものである。

(被告の主張に対する原告の答弁)

一1、南沢池の灌漑区域は四〇町歩以上で下の小倉池の上の地区のみでも六ないし七町歩であるから本件土地を含めた地区を五町歩以下の末端地区として取扱うことは当らない。

2、字東前田、字西前田の土地八ヘクタールが毎年かんばつの被害を受けた事実はない。愛知用水が完成し上小倉池に用水導入の設備が出来て同池から小倉支線により久米川と下小倉池に愛知用水を送入することが出来るようになつたことは認める。しかし下小倉池附近より下流の地域においては、愛知用水の水として使用しているのではなく、南沢池の水と区別できないので止むを得ず使用しているだけである。小倉池より上の本件土地は小倉池を通じてでも愛知用水の水が使用されるということはありえない。

3、導入設備のない南沢池に愛知用水の水が流れ込むことはありえない。

4、南沢池の水源は天然の雨水であり、同池の方向に傾斜する周辺の山林は愛知用水の事業により伐採開墾されていない。開墾されたのは南沢池の水源地と反対斜面や下方の南沢池かかりの本田に隣接する新田の北および南の高台の山林であるから、この山林の伐採開墾によつては南沢池の貯水能力には何等の影響もない。

愛知用水事業により本件土地周辺の高台の山林が開墾開田されたこと、この灌漑用水をすべて愛知用水に依存していること、は認めるが導水施設のない本件土地や南沢池に右新開田からの愛知用水の水が反覆利用されるなどありえない。

5、被告の主張は導入施設を愛知用水事業として実施した上で言いうることで、これを前提としない立論は無意味である。

6、本件土地にある湧出水が低温でその湧水地点に近い個所の稲の生育に一部被害の生じ易いことは認める。しかしこの冷水は炎暑水温の上昇の激しい時は、却つて水温緩和の効果を発揮する。

又、田植直後より五〇日間位は流下水(南沢池方向から流下するもので流下中温められているもの)を湧水個所に誘導流下させて温度調節の働きをさせている。

さらに冷水の直接排除のためには湧水溜、暗渠、排水路を設けて耕作して、毎年普通の収獲を得ている。

従つて本件土地に愛知用水を遠くから誘導してきてまで利用する必要はない。

二、被告の主張は本件土地が受益地であることを前提としての立論であるから認否のかぎりではない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因第一ないし三の事実については当事者間に争いがない。

二、そこで本件土地が愛知用水の受益地であるとの被告の主張について判断する。

1、被告は末端五町歩以下の地域に対する愛知用水からの導入設備は地元の負担において自主的に行うことになつている旨主張するけれども、右事実を認むべき何等の証拠もない。

2、被告は字東前田および字西前田の八ヘクタールについて例年かんばつの被害を受けていたと主張するけれども、成立に争いのない乙第二号証の二(証人竹内一光の証人調書)、乙第二号証の四(証人浜島府一の証人調書)、乙第二号証の五(証人稲垣啓固の証人調書)のうち右主張にそう部分は証人渡辺隆資の証言に対比して措信できず、他に右被告主張事実を認むるに足る証拠はない。もつとも前掲各証拠に成立に争いのない乙第二号証の一、同号証の三を綜合すると愛知用水の水が上小倉池に導入されておりこれが小倉支線を経て下小倉池に及び、南沢池の水路と合し下小倉池から下流のいわゆる南沢池がかりの土地(字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田)の潅漑用水として使用されていること、そして南沢池については上流部の本件土地も、下流部の前記南沢池がかりの土地も同一の水利権を有することが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告は右事実をとらえ、いわゆる南沢池がかりの土地は上流部の本件土地も下流部の前記字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田及び字西前田も含めてすべて愛知用水から利益を受けている旨主張するが、前掲各証拠に原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、二、四、五の各一ないし三、第三号証の三、六、七の各一、二を綜合すると南沢池に対する水利権は上流部も下流部も同一であるといつても、地理的環境より見て上流部が使用した余水が下流部を潤す関係にあるので、自然本件土地を含む上流部は水が潤沢であるため、愛知用水幹線に近く容易に取水ができる位置にありながらそのような導入設備を設けなかつたこと、本件土地には湧水があるので特に潅漑用水が豊富であること、下流部の潅漑用水を確保するため上流部の南沢池水の使用が制限されたり或は上流部の田の所有者が下流部のかんばつ対策費用を負担させられたようなことはなかつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

従つていわゆる南沢池がかりの下流部に愛知用水が導入されているからといつて、このことから直ちに上流部も愛知用水の受益地であるということはできない。

3、被告は南沢池そのものにも現に愛知用水の水が流れ込み、或は本件土地周辺の高台にある開墾地に導入された愛知用水の水が本件土地を含む字南沢、字池田等の既設水田に反覆利用されている旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

4、被告は南沢池の水源領域の山林は愛知用水の事業により大部分が開墾され同池に対する山林の水源補給能力は減少している旨主張するけれども、右主張にそう前掲乙第二号証の二(証人竹内一光の証人調書)の一部は前掲乙第二号証の一、同乙第二号証の四(証人浜島府一の証人調書)および証人渡辺隆資の証言に照して信用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

5、被告は愛知用水の水を南沢池に直接多量に導入することも容易であるから南沢池がかりの本件土地は愛知用水の受益地であるかの如く主張するが、南沢池に導入することが容易であつても現状ではその必要がなく、現に導入されていないのであるから右主張は失当である。

6、被告は本件土地に湧水があることを是認しながら右湧水の冷水が豊作に及ぼす被害を避けるために南沢池から温められた水を引く必要性がある旨主張するが、本件土地に南沢池水が導入されていても、そのことから直ちに本件土地が愛知用水の受益地といえないことは前記認定のとおりである。

よつて主張は失当である。

7、又、被告は原告が愛知用水事業の利益を受くべくして徒に手をこまねき、湧水に託して全農地の連帯性を免れることは不当である旨主張するが、愛知用水の受益地であるかどうかは現に愛知用水により利益を得ているかどうかにより決定すべきであり、愛知用水を利用すればより多くの収益を挙げることができるとしても、これを現に利用していない本件土地を愛知用水の受益地であるということはできない。

三、以上のとおり本件土地は愛知用水の受益地であるとは認められないのでこれを前提とする被告の本件土地に対する賦課金徴収は違法というべきである。

四、よつてその取消を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世 元吉麗子 三関幸男)

(別紙目録省略)

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